| ■商品名:どじょうすくい4点セット ※お面・ざる・びく・鈴の4点セットです。 ■素材: ひょっとこ面:厚紙 プレス形成 笊(ざる):竹ヒゴ 魚篭(びく):竹ヒゴ 麻縄付き 鈴:金属 ■サイズ: ひょっとこ面:巾15センチXタテ21センチ 笊(ざる):直径30センチ 魚篭(びく):高さ23センチ 幅17センチ マチ13センチ 鈴:直径3センチ×2個 ■重さ:330グラム ■色: ひょっとこ面:肌色・白・青・黒・赤等 笊(ざる):薄茶 魚篭(びく):薄茶 鈴:シルバー ■価格: ■商品番号:NS-3156 ■ご注文 |
| 島根県民謡の安来節(やすぎぶし)に乗って踊る「どじょうすくい」の必須アイテム、ひょっとこ面・笊(ざる)・魚篭(びく)・鈴の4点セットです。 |
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| どじょうすくいは、郷土芸能としてだけでなく、今や全国各地にカルチャースクールや愛好会が数多く、酒席での宴会芸や国際交流の楽しい雰囲気作りに役立っています。 |
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【どじょうすくいとは】 【安来節とは】 安来節の起源は、今をさかのぼること三百余年前、時は元禄太平の世、ちまたでは大衆文化が花開き、歌舞音曲の流行華やかなりし頃。その頃の、出雲の国の安来の郷の様子は、波静かなる中海に面した天然の良港で、奥出雲地方で採れた米や砂鉄を搬出するための物資の集散地として繁栄をきわめていました。 そんな折、船乗達で賑わう安来の花街には「おさん」という美声の芸妓がおり、これらの民謡をベースに自分でアレンジいたしたものを「おさん節」と称して節回し、面白く歌っていたものが、今日の安来節の原形だといわれています。 文明開化の明治になって、安来の郷の研究熱心な人々の手によって「おさん節」に研鑽労苦が重ねられ、未完成であった安来節の姿が徐々に整えられていきました。そして、この安来節は出雲地方で大流行し、ついには明治44年に正調安来節保存会が創設され、名実共に安来節を不動のものにしました。 そして大正時代になると、「渡部お糸」(当市の名誉市民)という芸達者な女性が、三味線の名人「富田徳之助」と共に一座を組み、全国巡業回った際、行く先々で大好評を博し、その結果として一介の地方民謡だった安来節を全国区の地位にまで押し上げる原動力となりました。そしてついには、当時の芸能人の憧れの的であった東京鈴本亭の舞台に立ち、大衆芸を芸術の域にまで高めました。 お糸一座の活躍はまだまだ止まるところを知らず、東京・大阪に安来節の上演専門館まで誕生させたかとおもいきや、朝鮮半島・台湾・中国東北地方にまで遠征し、日本だけでなくアジアにも安来節を広めました。 この安来節と共に生きてきたのが皆様お馴染みの「どじょうすくい踊り」。「あら、えっさっさ〜」の掛け声とともに始まるこの踊りの由来は、江戸時代末期にまでさかのぼります。 いつの時代でも「飲ン兵衛」というものが居り、安来の郷でもご多分に漏れず、ドブロク徳利を後生大事に抱えた「飲ン兵衛」達が、近くの小川で捕ってきた泥鰌を肴にいつもの酒盛りを始めた時、ほろ酔い気分も手伝ってか、その泥鰌を掬う仕草を安来節に合わせて即興的に踊ったのがその始まりだといわれています 初めは野良着姿の野暮ったい「どじょうすくい」踊りでしたが、長い歳月を経てリズミカルに形作られ、お糸一座の活躍とも相まって次第に大衆の生活(宴席とも言う)の中に溶け込んでいき、今では「安来節」と言えば「どじょうすくい」を連想されるくらい、切っても切れない、一心同体の間柄になっています。 全国にその名を知られ多くの方々に親しまれている「安来節」。それは、安来の人々が育んできた暮らしの唄で、歴史の変遷を経て来た現在の安来市にその軽快なリズムが流れるとき、米や砂鉄の積み出し港として賑わった往時のたたずまいを偲ぶことができます。 『安来市観光サイト』さんより |
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